『ある博士の自壊』

 バイオ系の博士号を取ったものの、実績も技術もない岩本クンの物語。それでも出身研究室の教授の圧力でどうにかポスドクとして職を得た彼が、研究の世界から放逐されるまでが描かれている。主人公である岩本氏が必要以上にひどい書かれ方をされているように思えるは、ボンクラなポスドクに苦労させられた著者の苛立ちの表れだろうか。
 確かに岩本氏のような人物が研究室をうろついていてはスタッフも学生も迷惑この上ないだろう。しかし岩本氏がこうなった責任は本人だけにあるのだろうか。
 なぜか本書には岩本の大学院時代の指導についての記述がほとんど無いが、彼が研究に必要な技術や心得を身に付けられなかったこと、そしてその自覚すら持てなかった原因の大半は大学院での指導にある。そのような研究室を選んだ責任は博士本人にあるとしても、その指導者が責任を問われないのはアンフェアではないだろうか。
 教育を製造業に例えれば*1、指導の不備は製造工程の問題に相当し、実力が伴わないのに博士号を与えることは品質管理の怠慢に相当する。そうして出来上がった博士という製品が不良品であったとき、真に責められるべきは当の不良品なのだろうか。
 このように書くとそんな受け身では云々といった批判を受けそうではあるが、そもそも教育や人材育成は「育成される側」と「育成する側」の共同プロジェクトであって、どちらかだけが全責任を負うものではない。
 能力の足りない博士が研究の世界から淘汰されるのは、不良品が市場から姿を消すのと同様に仕方のないことだろうけど、製造元の責任を問うことなしに一件落着にしてしまっては根本的な問題は解決されない。

ある博士の自壊
ある博士の自壊
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伊良林 正哉
日本文学館
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*1:人は物じゃないと怒る人もいるかも知れないが、類似点は少なくない