『ラクして成果が上がる理系的仕事術』

合理的に文章を作成する方法を解説した良書。
本文には頻繁に「理系的」「理系の」というフレーズが出てくるが、これは言い換えれば「理系なら知ってて当然な」と言う意味でもある。そういう意味では、文系人以上に理系人が「書く技術」についての常套手段を身に着けるための本と言える。
紹介されているテクニックはいずれも実用性も即効性も高いので、卒論や修論の最中の学生にもきっと役立つと思う。新書で安いことも学生にはありがたい。

本書の特徴はアウトプット指向に徹底していることである。アウトプットを楽に行うために、できるだけ無駄に頭を使わずにすむように作業をルーチン化することを主題としている。
そもそもどんな仕事(研究)であっても、最終的に何らかのアウトプットができて初めて完結する。学生や研究者の場合は「論文を書くこと」が目的であって、実験や勉強はその準備に過ぎない。白状すると私は数年前までこのことを理解していなかった。(いわゆる詰め込み偏重教育のせいかもしれない。)そのせいで行き当たりばったりに実験をしたり、論文を書き出す段になってデータ不足に気づいて慌てていたりした。10年前にこういう本を読んでいれば卒論も修論もあれほど苦労せずに済んだかもしれない。

ところで本書のタイトルからは理系学部の出身者にとっては常識なのだろうか?
実際のところはわからないが、おそらくそうではないだろう。少なくとも私は大学で文書の作成方法を教わった記憶は無い。今でこそ本書のテクニックの半分ほどは既に実践しているが、それらは大学を離れた後で文章術の本を読んだり自分で工夫したりして身につけたものだ*1
先にも述べたように理系の仕事の目的は論文なり報告書を書くことである。この事は学生にもしっかり認識させる必要がある。今から思えば学生実験などのレポートには文書を作成する技術を養うと言う意味合いもあったのだろうが、学生がそれを理解していなければ意味が無い。私もなぜ教科書に載っているような物理実験の結果をわざわざ書く必要があるのか分からなかった。分かっていればあれほどひどいレポートを提出することもなかっただろう。

個人的には理系の大学生に本書を読むことを義務付けても良いと思う。この分野の名著としては木下 是雄の名著『理科系の作文技術』が有名だがいささか古い*2。パソコンの普及によって文章を作る環境が激変したことを考えれば、内容の新しい本書の方が実用的だろう。
大学初年度に読んでおいても良いが、学生が書く技術の重要性を認識していなければすぐに忘れてしまうだろう。レポート課題を出す際に書く技術の重要性を繰り返し伝えるか、むしろ卒論を意識し始める4回生のはじめに読むのが効果的かもしれない。

正直に言うなら文章技術はもっと早い時期に教えてもらいたかった。「書く」ことはある種の身体的な技であり、頭で理解するだけでなく繰り返し練習する必要がある。練習には時間がかかるので早いうちから始めたほうが良い。できれば中学生くらいから始めるべきだと思うのだが、残念ながら英語教育ほどには文章技術について議論されることは無い*3。教育関係者の方々にはこの辺りの事情もぜひ考えていただきたい。

ラクして成果が上がる理系的仕事術
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*1:しかもまだまだ修行が足りていない。

*2:大学の先生は自分が学生だった頃の本を薦めることが多いが、絶版になっていたり内容が古すぎることも多い。

*3:応用範囲からすればむしろ英語教育より重要だと思うのだが