研究員エグゼンプション

受注生産型の製造業でありながら「研究開発型企業」を標榜する会社がある。製品の大半は特注品で、顧客と相談しながら製品の仕様を決めていくことが多い。顧客ごとにカスタム製品を作る点では企業ごとの業務にあわせてシステムを開発するIT企業に近い。この会社では、半数近い案件で「開発」的な要素が含まれているので、「開発型」の業務を行っていると言うのは間違いないだろう。しかし、はたして「研究開発型」と呼ぶことはできるのだろうか?
私見では、投資をしていない/するつもりのない会社は研究開発型企業ではないと考えている。研究という活動は直ちに売上げを生むものではなく、研究活動そのものが一種の投資だからだ。ただし世の中には公的な研究開発助成金というものがあり、これらを活用すれば必ずしも身銭を切って研究をする必要はない。実際この会社はこれまで何度かこういった公的助成金を受けたことがあるか、そこから新製品が生まれたことは無い。研究成果をあげていないのに「研究開発型」を名乗るというのはいかがなものか。
ではなぜことごとく研究プロジェクトが失敗してきたのか。これには様々な理由が考えられるが、いずれのプロジェクトでも予算のかなりの部分が案件とさほど関係の無い設備の購入に使われていることは無関係ではないように思う。さらに勘ぐれば最初から新製品を生み出すつもりなど無く、助成金で設備を買うのが目的だったのかもしれない。購入した装置が他の用途にであっても活用されていればまだ救われるが、いくつかの装置は一度も使われること無くほこりをかぶっている。
助成金の本来の目的は企業が新たな製品を生み出すことで市場を活性化し、ひいては経済を活性化することにある。ところが実際は使いもしない高額装置に浪費されただけで何の成果も上げられていない。
そもそもこの会社は「研究開発」の意味を理解していないように見える。その証拠にこの会社では「研究開発部」にも単年の売上げ目標が設定されていた。研究開発と受注生産を混同しているのだろうか。実際、研究開発部のある社員は「いっそ特注部と改名すべきだ」と主張していた。
このように、この会社では「研究開発」と「特注品の受注生産」を明確に区別しておらず、助成金も投資ではなく浪費に充ててきた。意図的かどうかはともかく「研究開発」を重視しているとはとても言えない。

ではなぜ「研究開発型」を名乗るのか。これまでは単にそのほうが「カッコいいから」そう名乗っているのだと思っていた。しかし、最近もうひとつの理由を聞かされた。どうやら「研究開発型企業」を名乗ることで人件費を抑えることができるらしい。
法律上の詳細は知らないが、社員を「研究者」と称することで時間外労働の賃金を抑えることができるらしい。いわゆる裁量労働制である。実際は製品の加工や組み立てを行う「製造要員」「組み立て要員」であっても研究員と称することで残業代を払わずに済ますことができるのだろうだ。
これは一般社員を「エグゼクティブ」とみなして残業代を払わずにすまそうという悪名高いホワイトカラーエグゼンプションと同じ手口である。いわば「研究員エグゼンプション」とでも言うべきか。
聞くところによると、このやり口は労務士の入れ知恵のようらしい。ある社員が労務に詳しい知人に話したところ「違法すれすれ」であるらしい。この会社は先にも何人かの社員の労働時間の長さを役所に注意されたことがあり、おそらくその対策としてこの方法に目を付けたのだろう。実際には退職が出たり無能な管理職を増やしたせいで労働状況は悪化している。それもあってこのカラクリのおかげで人件費をいくらかでも低く抑えようとしているらしい。
まあ、人件費以上に社員のモラルが低く抑えられているけど。

この話は最近退職した二人の元社員から教えてもらった。こういう会社の姑息さも彼らが会社を去った理由と無関係ではないのだろう。