『非平衡系のダイナミクス入門』

ここしばらく仕事のための勉強に気を取られて、学位のための勉強がほとんどできていない。仕事と研究の内容が離れているのはなかなか難儀である。そんな状況ではあるが、学位論文のために、せめてこれだけは少しずつでも読もうと思って持ち歩いている本がある。「非平衡系のダイナミクス入門」である。

非平衡系のダイナミクス入門―動的物性の物理
早川 禮之助 木村 康之 伊藤 耕三 岡野 光治
培風館 (2006/04)

キーワードは「緩和」「ゆらぎ」「相関関数」「線形応答」「揺動散逸定理」など。
「緩和」「線形応答」以外の用語は、動的光散乱や統計物理などを研究テーマに選ばない限り目にする機会は少ないと思う。調べたわけでは無いがこれらの分野の研究人口は決して多くはないだろう。なぜならこの分野の日本語の入門書がほとんど無いからだ。
私自身も修士課程の1年目でこれらの概念が理解できなくてえらく苦労した、(と言うかいまだに苦労してる。)当時はまだアマゾンも無かったのでネットなどで参考になりそうな教科書が見付からなかった。
ずいぶん後になって、「岩波講座現代物理学の基礎 5 第2版 (5)」、「統計物理学 上 第3版 (1)」「統計物理学 下 第3版」が定番の教科書であることを知った。(不幸な事に私が修士の頃は、研究室がゴタゴタしていて勉強するための本を紹介してくれる人が居なかった。)ただ、どちらも初学者には難解である。しかも困ったことにどちらも頻繁に絶版になるので、運が悪いと在学中に手に入れることもできない。これらの2冊以外にも、近い内容を扱っている非平衡統計力学の教科書はあるが、主題はあくまで統計力学で、ダイナミクスに関する記述はわずかしかなかった。また、これらはいずれも理論寄りの教科書であって実験系の私にはとっつきにくかった。
こういう事情はほかの分野でもおそらく起こっているのだろう。指導者の方は、学生の批判をする前に、「適切な」参考書を指導して頂きたい。

そういうわけで、ずっと手頃な入門書を探していた。(せめてあと5年早く出版されていれば…)
本書は入門書ということで数学的記述は控えめでページ数も少ない。個人的にはもう少しボリュームが欲しいところではあるが、分野全体を俯瞰しやすいという利点はある。本書の特徴として、実験との対応を意識して書かれているので特に実験系の学生にはイメージが掴み易いとと思う。
この本でイメージを掴んだ後で、必要に応じて上の2冊のような本格的な専門書に進めば良いと思う。もし私が研究室の責任者なら、新しく入ってきた学生に基礎知識を勉強するための最初の教科書として本書を奨めたい。上に挙げたような専門用語が分からないで困っている学生さんは大学の書店か図書館で眺めてみることをお勧めする。