「なぜこの本がこのシリーズに?」

 と今年で一番感じた本が、この『電子・通信・情報のための量子力学

 シリーズ名のせいで全くノーマークだった。枕に『電子・通信・情報のための』とか付いていたので、物理系以外の工学系のためのだ概説書か教養書だと思っていた。
 ところがどっこい実際には全くそんなことはなく、かなり硬派で個性的な量子力学の本だった。むしろ、理学系の学部で入門レベルの量子力学を学んだ理学系の学生こそこの本を読むべきだと強く思う。本書の目次を見ればそれに同意してもらえるのではないだろうか。

1. 量子力学量子力学的な世界の見方
1.1 空間時間と物質
1.2 宇宙をどう構成するか
1.2.1 空間を決めること
1.2.2 ものさしを決めること
1.2.3 この宇宙の構造とその表現
1.2.4 物体の運動とその表現
1.2.5 位相というものさし
1.2.6 運動の表現に適した変数
1.2.7 適した変数で運動を記述するハミルトンの力学
1.2.8 ハミルトニアンと運動のものさし
1.3 世界をどうとらえどう表現するか
1.3.1 経験的古典力学的な世界のとらえ方とその表現
1.3.2 ミクロな量子力学的世界のとらえ方とその表現
1.4 量子力学的世界と古典力学的世界はどう違うか
1.4.1 量子力学的な世界のイメージと描像
1.4.2 量子力学の解釈と観測という問題

2. 量子力学的状態と操作
2.1 系の状態と操作
2.1.1 系と状態
2.1.2 系と操作
2.1.3 状態の表現
2.1.4 操作の表現
2.1.5 操作を受けた系の状態とその表現
2.1.6 量子力学的状態の表現と操作
2.1.7 状態の確認
2.1.8 状態を確認した系の状態
2.1.9 状態の重ね合せと直交性
2.1.10 重ね合せ状態の操作
2.1.11 操作の重ね合せ
2.1.12 演算子の代数
2.1.13 部分空間と射影演算子
2.1.14 恒等演算子と部分空間
2.1.15 部分状態による系の状態の展開
2.1.16 表現を変えること
2.1.17 一連の操作を加えること
2.2 物理系の状態と表現
2.2.1 演算子と固有状態
2.2.2 演算子と物理量
2.2.3 多くの可能な状態をもつ系の一般的表現
2.2.4 重ね合せ状態とその観測
2.2.5 観測についての考察
2.2.6 多くの可能な状態をもつ系の物理量とその期待値

3. 量子力学的状態の変化と運動
3.1 状態の変化と運動
3.1.1 状態のわずかな変化を表現する
3.1.2 状態の連続的な変化を表現する
3.2 不連続な状態とスピンによる表現
3.2.1 不連続な状態の変化と量子という考え方
3.2.2 二つの箱の描像
3.2.3 スピン空間による表現
3.2.4 スピン空間と2 準位系
3.2.5 スピン空間での状態の変化
3.2.6 スピンとスピノール
3.3 粒子の出し入れという描像
3.3.1 粒子が一つだけ入る箱の量子力学的状態
3.3.2 複数の粒子の出し入れと交換
3.4 多数の粒子の入る箱の描像
3.5 とびとびの状態の間の遷移と遷移確率
3.5.1 量子力学的状態の変化と遷移確率
3.5.2 遷移振幅と遷移確率
3.5.3 観測と状態の遷移の切り離せない関係
3.6 舞台裏まで考慮した状態の記述

4. 量子力学的運動と状態の観測
4.1 量子力学的な運動と観測の表現
4.1.1 運動の始状態と終状態
4.1.2 量子力学的な運動
4.1.3 量子力学的な観測
4.1.4 観測過程と遷移振幅
4.1.5 観測の物理的意味
4.2 量子力学的な運動はどのようなものか
4.2.1 古典的な運動と量子力学的な運動
4.2.2 2 重スリットの問題
4.2.3 量子力学的干渉
4.2.4 量子力学的ヤングの実験
4.2.5 ホイヘンスの原理と量子力学的干渉
4.2.6 古典的運動と量子力学的運動;物理的解釈
4.2.7 古典的運動と量子力学的運動;数学的表現
4.3 量子力学的運動に課される制約:量子力学運動方程式
4.3.1 一様な時間空間の中でのミクロな粒子の運動
4.3.2 ハミルトニアンと運動量演算子
4.3.3 ミクロな粒子の運動方程式
4.3.4 ドブロイ波とシュレーディンガー方程式を取り扱う座標系
4.3.5 抽象表現での計算とハイゼンベルグ不確定性原理
4.3.6 エネルギーと運動量の固有状態
4.3.7 演算子の時間変化とハイゼンベルグ方程式
4.3.8 相互作用表示
4.3.9 密度演算子運動方程式
4.3.10 相対論的量子力学運動方程式
4.4 空間の回転と角運動量

5. 波動関数による量子力学の表現
5.1 関数による状態の表現
5.2 量子力学的状態の関数表現と操作
5.2.1 量子力学波動関数に課される条件
5.2.2 波動関数に対応する演算子
5.2.3 離散スペクトルと連続スペクトル
5.3 状態に対する操作と微分演算子
5.3.1 平行移動と運動量演算子
5.3.2 時間発展とハミルトニアン
5.4 エネルギーと運動量の固有値と固有関数
5.4.1 運動量の固有状態と固有関数
5.4.2 ハイゼンベルグ不確定性原理
5.4.3 エネルギーの固有状態と固有関数
5.4.4 エネルギーと時間の不確定性原理
5.4.5 ローレンツ分布のエネルギー固有状態の重ね合せ
5.5 波動関数に対する量子力学の方程式
5.5.1 シュレーディンガー方程式
5.5.2 保存則と確率の流れ
5.6 相対論的波動方程式とスピノール
5.6.1 相対論的波動方程式と非相対論的近似
5.6.2 ディラック方程式とスピノール
5.6.3 電磁相互作用とスピンハミルトニアン
5.7 多数の粒子の波動関数第二量子化

6. 基本的な量子力学系とその振舞い
6.1 箱の中に閉じ込められた粒子
6.1.1 井戸型ポテンシャル中の粒子の状態
6.1.2 箱に閉じ込められた粒子とノーマルモード
6.1.3 状態の重ね合せと古典的な粒子の描像
6.2 浅い井戸に閉じ込められた粒子の状態とトンネル現象
6.3 外乱を受けたときの量子力学的な系の状態の変化
6.3.1 波動関数の対称性と外界との相互作用の特徴
6.3.2 時間変化する外乱を受けたときの量子力学的状態の変化

引用・参考文献
索引

 どう見ても理学系の、それも哲学風味の漂う本です。本当にありが(略)。
 驚いたことに、タイトルから当然予想されるであろう「量子コンピュータ」や「量子暗号」などにはほとんど全く触れられていない。実際、まえがきにも「量子力学の思想や世界観を学ぶ入門書」といった旨のことが書かれている。工学部の電子・通信・情報でこれらを学ぶ人はそう多くはないだろう。
 しかも、目次からも分かるように、シュレーディンガー方程式から始まるいわゆるフツーの量子力学の入門書とはだいぶ毛色の違う内容になっている。そこに惹かれて注文した。
 未読なので内容の良否にはコメントできないが、似たり寄ったりの量子力学の入門書に(迷っている|飽き飽きしている)人は、ひとつ試しにいかがでしょうか?


 ちなみにこの「電子・通信・情報の基礎コース」の構成は

  1. 『数値解析』(近刊)
  2. 『基礎としての回路』
  3. 情報理論』(近刊)
  4. 『信号と処理(上)』
  5. 『信号と処理(下)』
  6. 『情報通信の基礎』(近刊)
  7. 『電子・通信・情報のための量子力学

のようになっている。……タイトルだけ見ても第7巻だけ浮いてる。

 コロナ社さん、他のシリーズに入れるか単独で出した方が絶対に売れたと思いますよ。これじゃ読むべき人の目に止まらない。