今月の「NHKラジオ ものしり英語塾」では小学校英語の是非が取り上げられている。今週は賛成派の研究者のインタビューが放送されたが、考えがたりないんじゃないの?という印象を浮けた。
2つの問題がある。それは「理想主義である」ことと「目的が明確でない」ことだ。

理想主義というのは、生徒や教師の許容量の無視と副作用の無視である。
小学校で英語を教えたり、外国人教師を雇ったり、留学したりといった事は、やらないよりはやった方が良いに決まっている。問題は生徒や教師にそれだけの余裕があるのかということ。また、英語を導入することによって、他の教科の時間が減るなどのしわ寄せが起こらないかどうかということ。
これらを無視して構わないなら議論など不要だ。

次に、目的が明確でないこと。インタビュー中では「外国人と議論できる英語力を身に着けること」を目的としていた。では実際にそのためにどんな教育を行うかというと、ALTを増やしたり学生の海外派遣を推進したり、小学校ではゲームや歌を歌ったりするのだそうだ。ピントが外れているとしか思えない。そもそも議論が苦手というのは英語の問題なのだろうか?もし自動翻訳機が発明されたらそれで対等に議論できるようになるのだろうか?なによりも論理的に話す訓練をしなければ、しっかりとした議論ができるとは思えない。

私の知る限りでは、英語教育についてもっとも合理的な意見を出されているのは苅谷剛彦先生だと思う。詳しくは「欲ばり過ぎるニッポンの教育」など。