『なぜ韓国は、パチンコを全廃できたのか』

 韓国で2006年に禁止されたパチンコ(に似たメダルチギ)。対して日本では、韓国以上にパチンコ絡みの事件の多いにもかかわらず、政治・マスコミ・警察がこぞってパチンコ利権に群がっているがゆえに、一向に規制が進まない。
 パチンコ業界が警察官僚の天下り先になっていることは知ってはいたが、元警視総監が遊戯機の試験・検定を行う保通協(財団法人保安電子通信技術協会)の会長に収まっているほどあからさまな天下りをやっているとは思わなかった。やるにしてももうちょっとこっそりやりなさいよ…。

 ところで、パチンコ中毒について理解に苦しむのは、このような「店側に有利すぎるニセギャンブル」にのめり込む人がなぜこれほど多いのか、ということ。競馬などのレースものなら「当たり」は必ず存在する(高過ぎる胴元の取り分を考えればやっぱり割に合わないけど)。あらかじめ勝ち馬券が販売されてないなんてことは無い。
 対してパチンコ、特に電子化された近年のパチンコは、店側が完全に勝ち負けをコントロールできる。周りで勝っている人がいても実は店のサクラ(打ち子)だったりする。こんな風に胴元が完全にコントロールできるものがそもそもギャンブルと呼べるのか?やる前からカモにされるのが分かりきっているのではないのか?
 以前この質問を、時々パチンコに行くという人にしてみたら、「くるくる動く絵を眺めに行くのだ」という答えが返ってきた。本心かどうかは分からないけど、それならレンタルDVDでも見た方がよほど高画質で安上がりではないのか?
 まあ当事者にとってはそんな理屈で止められるものではないのだろうけど、やはり理解しがたい。

 ところで本書でパチンコ屋の駐車場の車中で死亡する幼児のことに触れられてないのはなぜだろう?この手の事件の方がパチンコ依存による親族殺しより知られていると思うのだけど。