実験とお遊戯の間

 上の読書感想で目的の無い実験はお遊戯だと書いたが、実は、最高学府であるはずの大学院にも「実験器具の操作」と「実験」の区別がついてない教授が存在する。
 ある大学院教官は研究室に配属されたばかりの学生に、「実験装置に慣れてもらうため」と言って前にいた学生がやった実験を再現させる。学生も最初は仕方がないと指示通りに再現実験をする。この「実験」は実験装置を使う「練習」であって、本当の意味の実験ではない。
 当然学生はこの次には研究テーマに沿った仮説を立てて、それを確認する本物の「実験」をやれると期待している。ところがいつまでたっても教官からは次の指示をもらえない。場合によっては「今やっている実験(もどき)をずっと繰り返しやってれば何かテーマが見付かるかもよ」とお茶を濁される。これで「練習」が、「目的の無い繰り返し作業」になってしまう。これは本当につらい。自分でテーマを考えるにしても、ただでさえ研究テーマの設定は難しいのに、「この装置で、かつ予算をかけずにできること」という縛りまでついていては学生が自力でテーマを立てるのはほぼ不可能になる*1
 こんなやり方で意味の無い作業を繰り返しただけであっても、学部や修士課程までなら無理やり卒業論文をでっち上げることはできる*2。しかし、博士課程でこの状況に追い込まれると本当にきつい。自分で無意味としか思えない作業を繰り返さないといけないのはある種の拷問に近い。しかも、そうやって我慢して続けてきた作業が、博士論文を書く時点になって論文にならないほど空虚であることがわかったりする*3
 いざ博士論文に書けないとなったとき、「君には能力が無かったから学位は無理だ」と放り出す最悪の教官も存在する。教官に適切なテーマを設定する能力が欠けていたことが原因であるにもかかわらず、あらゆる損害は全て学生がかぶることになる。

 高校や大学学部までで「実験の前には仮説を立てるのが当然」という常識が身についていればこういう手抜きのインチキ指導に惑わされて時間と学費を無駄にする学生がもっと減ると思う。

*1:仮に思いついても教官に却下されたりするわけで

*2:学生が、ものすごい不満を抱えて精神を病んだりすることはあるが。

*3:たいていは途中で学生自身も気づいているが、自分をだまして作業を続けている。