論文捏造疑惑

捏造疑惑のかけられている松本和子氏の論文は、Analytical ChemistryのサイトでAbstractを読むことができる。
http://pubs.acs.org/cgi-bin/abstract.cgi/ancham/2001/73/i08/abs/ac0013305.html

ざっと眺めてみてすぐ気づく点はAbstract中の

The Tb3+ complex is strongly fluorescent, having a large fluorescence quantum yield of 1.00 and very long fluorescence lifetime of 2.681 ms in 0.05 M borate buffer of pH 9.1.

にある

fluorescence quantum yield of 1.00

の部分。訳すと「1.00の蛍光量子収率」となる。量子収率というのは、分子が吸収した光子の個数とその分子が蛍光として放出する光子の個数の比のこと。量子収率が1.00つまり100%という値は常識的にはありえない*1。つまり、非常に挑戦的な値なのだ。本文を精読したわけではないので確かなことは言えないが、少なくとも怪しげな臭いはぷんぷんしている。そもそも自然科学や工学では100%という値には眉に唾してかからねばならない。例えば「効率100%の内燃機関」や「永久機関」と言った話は、まともな研究者には決して取り合ってもらえないだろう。これらは現代の科学の原則に背いているからだ*2。「量子効率1.00」というのも同じ類のうさんくささ炸裂である。いったいこの論文の査読者は疑問に思わなかったのだろうか?「エライ先生の論文」だから無条件に審査を通してしまったのだろうか?*3もしこれがでっちあげであるなら*4、科学界にはこの程度の捏造すらチェックできなくなっているのだろうか?

にもかかわらず、この業績に対して文科省が研究費を3件も与えていたというのだから話にならない。世の中には誠実に研究費を申請しても獲得できずに資金に困っている研究者はいくらでもいる*5。研究費を獲得できなければまともな研究は出来ない。これは単に当の研究者だけの問題ではなく、たまたまその研究室に配属された学生にも多大な影響を与える。学生達はまともな卒業研究が出来ないことに苦しみ、研究そのものが嫌になってしまうのだ。技術立国だのスーパーサイエンスハイスクールだのとはやしたてて理系学部の学生を増やしても、卒業の時点で研究活動に失望しているのでは台無しではなかろうか。*6

*1:分子が吸収したエネルギーの一部は他の分子との衝突などによって熱に変換されるので、量子収率は1.00未満になる

*2:もちろん原則のほうが間違っている可能性はあるが、それを実証するためには十分な検証が必要であり、それまでは新説の正当性が疑われるのは当然である。これは言わば「科学という方法の約束事」である。

*3:確かにAbstractにまであまりにも堂々と1.00と書かれているので、逆にこちらが何か勘違いしているのではないかと不安になる。

*4:ほぼ間違いなくそうだと思うが

*5:予算を獲得できない責任は研究者側にも多分にあるが

*6:それでもたいていの学生はしかたなく技術系に就職するが