最後は皆があきらめる

国民の怒りも高まらず、マスコミも本気で追及せず、最後は皆があきらめる。その憂さ晴らしのように、テレビが馬鹿番組を流し、乾いた笑いで国民の頭を麻痺させる。政府・官僚の高笑いが聞こえるようだ。


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この裁判員制度の導入に反対する意見を、作家の高村薫が15日の毎日新聞「社会批評」で次のように書いていた。

 ・・・裁判員制度なるものが民意を裁判に反映させるために導入されるのであれば、なぜ死刑か無期かを争うような刑事裁判から始まるのだろう・・・民意を活かすところは、むしろ公害訴訟や薬害訴訟、あるいは近年増加している労働訴訟や行政訴訟のほうだろう。裁判の長期化の弊害は、こうした民事裁判も同様であるし、公害問題や労働問題は私たちにとってより大きな関心事でありうる・・・想像してみよう。もし薬害肝炎訴訟を私たち裁判員が裁いていたならば、はるか昔に国と製薬会社の責任を認めて賠償を命じていたはずだ。

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