科学インタープリター養成講座の現実

ほとぼりも醒めたから書く: 薫日記
詳しい事情は分からないが、一方的に約束を反古にされたとしたら竹内さんの怒りはもっともだと思う。

かなり悩んだが、職業的な重要性が認知されていない「科学インタープリター」を本気で養成することができれば、と考え、思い切って引き受けることにした。

ところが、取材旅行から戻ってみると、「あの件は忘れてください」という連絡が入っていた。「本社からお偉いさんが天下りで来ることになりました」という。本社とは文部科学省のことである。その現役の課長が科学インタープリター養成講座の特任教授になるから、竹内さんは忘れてください、というのである。

ありそうな話ではある。

で、結果的に、東大の科学インタープリター養成講座は、専業の科学インタープリターを養成するのではなく、あくまでも学者(および学者の卵)の表現技術をブラッシュアップする、というのが主目的となったらしい。

なんじゃそら。と言いたいところだが、むしろ「やっぱりな」というのが本音である。そもそも日本には「科学インタープリター」の需要が無い。そんな状況で専業の科学インタープリターを養成しても失業者を増やすだけだ。
この講座を企画した人物達は、おそらくそんなことは承知の上で他の目的を持っていたのではないか思う。もし日本に科学インタープリターの活躍の場がないことも分からずにいたなら、それこそ救いようが無い。

最初にこの構図を見たとき、大学院の重点化と同質の欺瞞を感じたのだが、良く考えるとどうも違うようだ。

一見すると、大学院の重点化と科学インタプリター養成講座には類似点がある。「博士」と「科学インタプリター」のいずれも受け皿が無い(需要が無い)にもかかわらず、美辞麗句を並べて若者を誘い込んでいる点である。ところが、良く見るとこれらには大きな相異点がある。対象となる学生数である。

募集人員

約10名 (ただし、試験の成績によっては履修許可者数が募集人員に達しない場合がある。)


出願資格

平成19年(2007)年10月1日現在において、東京大学大学院修士課程または博士課程(専攻は問わない)に在学している者で、かつ平成21(2009)年3月31日まで在学期間のある者*とする。

本学大学院の修士課程に在学している者で、博士過程に進学を予定している者を含む。
http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/STITP/admission.html

つまり、学生は10人以下。しかも東大の大学院生に限るというのだ。それに対して教員は20人もいる。本気で学生を集めたいとは思えない。本音では誰も応募してこないことを狙っているのではないだろうか?

これは大学院重点化で大量の学生を囲い込んだのとは対象的だ。このことから、これらにはそれぞれ異なる本当の目的があるように思える。
大学院重点化の狙いは、学生数を増やしてすことだった。通常、学生当りにいくらかの研究費が配分されるが、学生数が増えれば研究室あたりの研究費の総額は多くなる。*1。なので、学生数は多いほど良い。
これに対して、この講座には学生数を増やしたいという意図は感じられない。また、社会が科学インタープリターという人材を要望しているわけでも無い。これらから疑われるのは、学生以外の誰かの利益を目的にしているのではないかということだ。

竹内さんのエントリによると科学技術振興調整費というところから億単位の予算が出ているとのことだ。ちょっとした小遣い稼ぎにちょうど良いと考える人達がいるのかもしれない。
我々が知らないだけでこういう胡散臭い「講座」はもっとあるのかも知れない。だとすると、文科省や大学の上層部でこういう既得権益を維持するためには、国民が科学に無関心であるほうが都合が良いのだから、「科学インタプリター」を本気で育成する気が無いのも当然ということになる。


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ちなみに「科学インタープリター」とほぼ同じような仕事をする(と思う)職業として「サイエンスライター」いうのがある。いずれにしても日本国内ではお寒い状況のようだ。
サイエンスライターになりたい! -お世話になります。大学院でバイオを- 生物学 | 教えて!goo
サイエンスライター雑感: 5thstar_管理人_日記

*1:個人的には、大学院重点化には労働者人口を減らすことで就職氷河期の失業率を下げる意図もあったのではないかと考えている。