『フェルマーの最終定理』

だいぶ前に買ったままになっていたサイモン・シンの『フェルマーの最終定理』を読了。評判通り素晴らしい知的体験になった。最初は少しづつ読むつもりが、途中で止められなくて一気に最後まで読み通してしまった。文庫とは言えこれくらいの厚さを一気読みしたのは何年ぶりだろう。
本書はテレビのドキュメント番組が元になってるということで、全体的な雰囲気はNHKなどの特集番組に似ている。*1フェルマーの最終定理の証明の解説ではなく、この問題にまつわる数学史と数学者のドラマを描いている。一読すればいかに多くの著名な数学者がこの問題に関わりを持ってきたことに驚かされる。古くはピタゴラスディオファントスから、フェルマーその人、オイラーガロアラグランジュゲーデル、そして谷山、志村、もちろんワイルズ。関わった数学者の多さが暗示するように、フェルマーの最終定理を証明した論文では整数論楕円曲線論、群論、モジュラー方程式など、多岐にわたる数学のテクニックが使われている(らしい)。分量も200ページもあり、もちろん容易に理解できるものではない。
しかし素晴らしいことに、本書は中学卒業程度の数学知識があれば証明の雰囲気を十分に感じられるように書かれている*2。例えるなら登山ルートをヘリコプターから眺めるようなもので、実際に山道を歩くには体力(思考力)や登山経験や装備(数学知識)が必要だが、道を上空から俯瞰すれば目的地にいたる筋道を見て取ることは素人でも難しくはない。それでも難所になりそうな箇所をあげるなら、それは谷山=志村予想の証明がフェルマーの最終定理につながる事と、それを背理法で証明しようというアイデアだろう。ここさえクリアすれば他は大丈夫。後は知的刺激と歴史ドラマを堪能すればよい。

なにかと暗い世相ではあるが、これほどの良書が800円そこそこで読めることについては今の時代に感謝したい*3

フェルマーの最終定理
サイモン シン Simon Singh 青木 薫
新潮社

*1:同じくドキュメント番組を元にした『論文捏造』でも同じ印象を受けた。

*2:さすがに小学生では厳しい

*3:『暗号解読』『ビッグバン宇宙論』も早めの文庫化を切に願う