『ものつくり敗戦』

 ひさびさの凄い本。
 タイトルからものづくり万歳な経済の本かと思いきや、さにあらず、科学と技術の発展と日本の近代史とを照らし合わせることで、「第3の科学革命」を取り入れそこねた日本のものづくりが遠からず衰退することを予言している。ものつくりの現場にいる身としては著者の意見はとても納得できた。日本の製造業のありかたに漠然とした不安を感じている人、特に実際に製造業で働く人達にぜひお勧めしたい。

 著者は制御理論の研究者で、理論やシステム化を軽視しつつ「匠の技」を過剰に重視する日本のものづくり現場に警鐘を鳴らしている。著者によると、昨今言われる日本のガラパゴス化パラダイス鎖国、日本のソフトウェア開発の低迷などの原因が、日本が「第3の科学革命」を取りこぼしたことにあると言う。本書では太平洋戦争時の事例を中心にこの主張が検証されている。
 著者によると、産業革命は人力で使っていた道具を動力をもつ機械に発展させ、この機械をより複雑なシステムに発展させたのが人工物を対象とする第3の科学革命であると言う。第3の科学革命とは、複雑かつ不安定なシステムを制御するために、情報や制御といった自然を対象としない科学の発展を指す。
 日本は、明治維新から西洋の技術を取り入れて道具を機械することに心血を注いだが、大量生産を可能にする技術思想(システム思考)を習得する前に戦争に突入したためシステム化の思想が根付かなかった。そのため、太平洋戦争において零戦戦艦大和といった芸術的な性能をもつ兵器を生み出す匠の技をもっていながら、それを安定に大量生産することができなかったと指摘している。
 さらに、敗戦によって製造技術がリセットされたため、またしても道具を機械して大量生産を可能にする段階からやり直すことになった。このような経緯でシステムの科学を取りこぼしたことが、現代の日本の技術に見られる陰りにつながっていると言う。具体例として、宇宙開発のような大規模プロジェクトやCPUのように高度に複雑な製品の開発能力、さらにソフトウェアに代表される形の無い工業製品における国際競争力の低さを挙げている。
 ちなみに内容はかなりしっかり書かれていて、新書としては難解な方だと思う。特に科学史の解説に割かれた第1章は学術書っぽくて読みにくいかも知れない。そういう場合は戦争中の技術を引き合いに日本のものつくりの欠点を論じている第2章から読むと良いと思う。(個人的には、第2章を読んでいて、今の会社のやり方が旧日本軍とあまりに似ていることに苦笑いが止まらなかった。)

 ちなみに本書は日経プレミアシリーズとして出版されているが、内容からすると中公新書などの固めの新書の方が似つかわしい気がする。(別にどこの出版社からでも構わないが、日経だとなんとなく早々に絶版になってしまいそうなのがとても心配だ。)